ベストキッド


名作ベストキッドのリメイクで、師匠役がジャッキー・チェン、子役がウィル・スミスの息子のジェイデン・スミスというキャスティング。なかなか良かった。

今回は中国アゲアゲの時代を反映して、舞台が北京で、空手ではなくカンフーが主題。

今作でも悪役側のカンフー教室は、勝てば何をやっても良い。容赦なく止めを刺せ! という教えで、ジャッキーはそれは本当のカンフーではないと言う。

本当のカンフー(空手)とは何かという教え方について、前作よりも今作の方がより掘り下げて描いてある気がする。


ジャッキーが、自分がカンフーを修行した山寺へジェイデンを連れて行った時、湧水の水鏡や、蛇と対峙している女拳法家が何をしているのか説明するシーンがある。


水鏡は静かであれば、覗き込んでいるキミの顔が映る。

しかし、と言ってジャッキーが水をかき乱す。

乱れれば何も映らなくなる。これがカンフーの心だと。


ジェイデンは、女拳法家が蛇の動きを真似る練習をしていると思った。

それについてジャッキーは逆だと言った。蛇の方が女の人の動きに従っているのだと。

心を無にすれば、相手は自分の動きに自然についてくるものだと。


心が静かであれば周りが良く見えること。
無心に集中すれば、自分が主となり、相手が従となるということ。
その二つのカンフーの心を、ジャッキーが弟子に示したシーンだった。


東洋の武術には、木鶏とか、猫の妙術に見られるような、静かで欲のない心で勝負に挑めば、おのずと生死は極まって利(理)は己に傾くという思想がある。

西洋の戦闘技術はパワープレイ好みで、あまりそういう考え方はないように思える。

思想的には東洋の方が優れているように思えるが、スポーツ競技の世界では西洋的な考え方の方が勝率が高い。

「武」は、そもそも勝負そのものを行わない。戦わずして場を制するという意味がある。戦う以前に敵の戦気を挫いてしまったり、争いを芽のうちに摘んでしまったり、戦場にそもそも近づかずにかわすといった。

でもスポーツ競技だと、そもそも日取りを決めてそこで競って優劣を決めるっていうのがルールなのだから、戦わずして勝つというわけにはいかない。

必ず勝つことが目的になる以上、戦わずして勝つことも選択肢に入れるよりは、勝つことのみに特化した技術の方が有利にはなるだろう。

戦わずして勝つとか、争いをかわすというと美しく聞こえるが、近年の日本はそこを都合よく解釈して戦うべき局面も全部華麗にスルーしているような気はする。


無類のカンフーを誇るジャッキーにも実は心に負い目があるという設定で、自分の運転ミスで交通事故で妻子を死なせてしまった心の傷に苦しんでいる。

事故を起こした車を修理しては、妻子の命日にそれを叩き壊すという自虐自戒を繰り返していたジャッキーに、ジェイデンは無言でカンフーの練習をしようと誘い、勇気づけるシーンがある。


セリフはないが、雄弁なシーンだった。

あなたのカンフーは僕を強くしてくれた。

あなたは無力ではないし、僕はあなたを必要としている。

取り返しのつかないことはあったけど、あなたの人生はこれで終わりではないのだと。


ジェイデンと中国の女の子のロマンスのシーンも良かった。

ジェイデンはカンフーに打ち込み、イジメっ子達を見返すためにカンフーの大会に出る。
女の子はバイオリンのコンクールに出る。
お互いにそれを応援しに行くと約束する。

が、ジェイデンが息抜きに遊びに誘ったせいで、女の子はコンクールの時間に遅れそうになり、あわや落選かといった事態になる。
それで女の子は父親から怒られ、ジェイデンとは絶交しないといけなくなる。

後日ジェイデンはその子の父親のところに謝罪に行く。
中国語は出来ないので、予め紙に書いた中国語の謝罪文をたどたどしく読み上げる。

あなた方に迷惑をかけて大変申し訳なかったと。女の子との友情の交流はとても自分を励ましてくれた。彼女はとても良い人ですと。心の底から反省しているのでやり直すチャンスをくださいという内容だった。

それを聞いた父親は、「私の家族は必ず約束を守る」(女の子はジェイデンのカンフー大会を応援しに行くと約束していたのが絶交により行けなくなっていた)と言い、ジェイデンを許す。

この許し方のセリフにも、中国人らしい面子の重んじ方が出ていると思える。
中国人(特に北京出身者)はやたら自己主張が強くて譲らなくて面子に拘るし金に汚いが、一方で相互の利害関係を明確にして損がないように話がつけば、すっぱりと過去のことは水に流すという一面もある。良くも悪くもすごく現金な人たちだ。

カンフーの面でも、ジェイデンと女の子の交流の面でも、中国とアメリカの価値観は違っていて、中華流だとこうなるんだよという紹介になっている。単純な子供向け作品のように見えて、なかなか奥深く描写してある良い作品だと思った。

元祖作品の出来が良いと、リメイク版は見劣りして、元祖版のファンだとがっかりすることが多いものだが、このベスト・キッドのリメイクはとても良かった。お薦めです。


女拳法の人のエピソードは、単なる鏡であってはいけないという意味だと僕は解釈しています。

相手が怒っていたら自分も怒り、相手が笑っていたら自分も笑う。喜怒哀楽を共にするのが人間の自然な情というものですが、それだと敵意には敵意、目には目を、歯には歯をの連鎖にもなってしまう。

木鶏の談話とは、敵意をぶつけて来る敵が居ても、それに動じず(同じず)自分のペースや信念を貫くべきという意味だと思います。

もっともそれは、相手を無視するとか、華麗にスルーするとか、舐めて黙殺するという意味ではなく、行動や言動はしっかり観察して分析し理解し対応するけど、相手に釣られて条件反射で同じことはしないという姿勢なのだと思います。